January 2012
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120126
金沢という街の文化づくりにおいて、僕はいつもこの町はいつか一人の天才が生まれることを待ち続けているのではいだろうかと思う。
ピカソが死しても尚、絵画とその人生の軌跡となった場所に人々を呼び込むように、金沢もまたそのような大きな天才を待ち望んでいるような気がしてならない。
江戸時代の文化政策からずっと待ち続けているのである。
その過程で、多くの優秀な文人や作り手が現れた。人間国宝と言われる作り手も多く輩出した。人間国宝が生まれるたびに万歳をしながら「おめでとう。でも、しかし、僕らがまっていたのはこの人ではない。もっと違う天才なのだ。」と心の内で思っているような気がしてならないのだ。
いつか現れるかもしれない天才をうむために、文化を継承し、環境をつくり、わずかでもその天才が生まれる確率や才能が育まれる土壌を長い時間かけて整えているように見える。
三百年ちかく待ち望み、いまだ現れない天才に恋い焦が...
October 2011
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111013
朝から幾つかの打ち合わせを重ねて、今から帰る。夜の10時過ぎるとはいえこんな時間に家にいれるのは久しぶりである。
寝る前にウトウトする子どもの顔を見たのも出張に連れて行ったホテル以外で言えば、だいぶ見れてない。
そろそろいったんスローなステップに切り替えないとな。
September 2011
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110920
ひさびさに広告じみた仕事をうける。合う人が多い、話し合うことが多い、悩むことが多い。この辛さの中の楽しさはしっている。しかし、いつもふとした途端に、この楽しさは、消費社会やより消費者を高度にしていくことを目的としたもの作りや広告作りからきていると気づき、どこか喪失感をもったまま仕事に挑む自分がいる。
仕事と私事の区別ができない自分だからこそ、今回の仕事も自分を見失わないように仕事をしないとな。
110906
昨日、greenzにて兼松くんに呼ばれ話しをしてた縁(えん)のある物作りについて、ちょうど昨日の帰りから読み始めた中沢新一『日本の大転換』前半に「キアスムの構造」というテーマでなぜ商品には縁がないのかが書いてあった。
市場が社会を包摂するときに縁は交換途中にてプラスαなものを含み重ねてしまうため、純粋な合理的かつ円滑的な交換行為を妨げるということらしい。
では社会が人が市場を包摂して自然と向き合う時代を目指すにおいて縁は不要かと言えばその逆な訳だ。
とは言え、商品を包みこむ膜の様な存在でキアスムを持ち込むにも現在の市場原理にとっては潤滑性を落とすものである訳だから、まずはうまくキアスムを内部要素として商品の様相で包み込んだものを合理市場が気づかない形で持ち込み始めるしかない。
...
110904
僕にとって001
僕にとって自分の椅子と言えば『ニーチェア』。
まだ自分が幼く小児喘息を患っていた頃、朝方、室内からベランダに出して朝の湿気を帯びた冷たい空気をすいながら包まれる様に座って寝ついた記憶と恩恵に預かった所もあるが、
何より形、作り、シルエット、収納性全ての明快さと、収納時用停め紐に剣道の篭手紐使い生産者や作り手の出生をマーキングしてるとこだとかが理由。
もう25年近くシートを張り替えながら愛用している。
110903
そろそろいい歳になってきたのと、ものを無くさない様に、一つずつ、ブランドは気にしないけど、しっかりと
持ち続けれるものを選ぶ。
あとはできる限り、自分に縁かゆかりがあるものを選ぶ様にする。
しかし、一つに息つくまで、結局はいろんなものを使ってしまうんだろうな…笑
110901
残念な事に、申し込んだ助成金が最初から連絡されていたもの以外、ことごとく通らなかった。何か内容に不備があったのかも知れないけれど、良いプランであれば裏工作なんかいらないと思い上がった事も原因だった。
この様な業界で全力尽くすということはしっかりと繋がりや力関係を理解することなのかと思うと大人になってそれを理解して乗りこなせばれば良いのだろうけど、それもヤダ。
August 2011
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110812
いま、伝統工芸の仕事をする事は、一度、断絶してしまった生活や使い手や社会やマーケットやその他書ききれないほどのものとの繋がりを作り直すということ。
共有できる目的と仕組みを作ること。
July 2011
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110726
アメリカの債務超過を目前に激しい攻防がなされている。
ドルを買うならいまだろう。とは思うがお金でお金を増やすというのがなんだか性に合わないので、仕方が無い。
アメリカ議会は共和党の提案で進むのだろう。しかし、これで急なイラクやアフガニスタンからの撤退で現地派どうなるのだろうか。
世界の果てまで金と資源を稼ぎに行ったアメリカがいっときの間、憂国主義的な法制をひいた際にどう経済は狂うのだろうか。
アメリカの危機管理はアメリカの存在のみを最優先としている。果たしてその結果、ババを無理やり引かされるのは誰だろうか。
薄々は感じているけれど、一番ではなくとも、それなりのババを日本は引き、そのための結果はわれわれにもくる。さらには大きなババを引かされる途上国ではどうなるのか。
もうそろそろ誰かにババを引かせる経済ゲームをやめにしないかい?
...
110725
体調があまり良くないらしい。らしいと書くのも変なのだけど、本当にらしいと言うしかない他人事のような実感しかないのだ。
熱がある間、半分、記憶が飛んでいてやっといま先ほど歩いている際の視点と脳が繋がった。まだ舌先の味覚と脳は繋がってないのだろうか唾が苦いだけで特に他の味を感じない。
自分自身が辛いのかの感覚が飛んでいるのだ。
なんだか今年の夏は自分のバランス維持が何よりもの課題になりそうな気がしてる。健康もだけどそれ以外もだ。
うまく夏を乗り切るのに本当に神経と体力を使わなくてはならないような予感がする。
家族の隣でゆっくりと本を読んで昼寝する何て暇もなく、いま自分がやるべき事に向き合うだけでもいっぱいいっぱいになりそうな予感がする。
忙しくなりそうだ。
せめて速く身体を戻そう。
110721
一般市民の冷めた目線とは裏腹に偉い方々は東京オリンピックの開催は悲願というよりも当たり前のように思っていたようだ。
わずか数ヶ月の高揚が世界の日本のポジションを大きく変え、日本国内も大きく変えると見ているようだ。
特需的なお金のうごきがでるだろうし、瞬間的な人の動きはでるだろうが、今の日本には長期政策がみえない以上、オリンピックの開催が50年後に振り返った時にただの過去の栄光作りにしかならないのではないかと危惧する。
また羽田空港はじめ多くの大型かつ重要な施設がわずか数ヶ月の高揚のために短命なコンテンツを大金をかけて準備しようとしていたのはいかがなもんなんだろうか。例えオリンピックがなかろうとしっかりと日本の玄関として成立する美意識に基づいたものとすべきなのである。
110711
原発と震災のニュースをやっとちゃんと見れるようになった気がする。やっと自分の立場や気持ちで持って見れるようになった気がする。気がするとだけでも思えるようになるまでにこんなにも時間がかかった。やっとだ…
気がするではなく、確信的に向き合える様になるのはいつになるのか分からないけれど、ひとつ自分の中に落ち着きのようなモノが感じられるとこまできた。
110711
自分もその一人なんだけど、震災以降、目の前の気づいた事をとりあえず形にしてデザインだと言うデザイナーが増えてる。もっと先をみて、そこから今の社会に落としていく手段としてデザインを使いこなせるビジョナリーが減ってしまった。
June 2011
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110618
EUにて静岡のお茶からセシウム検出とのニュース。静岡のお茶産業は僕のクライアントでもあるので疑いたくないが、地場主産業を守ろうと検査や発表の方法、独自基準の設定をずらしているのではと勘ぐりたくなる。
http://ow.ly/5kLhy
あとは本当の関東一円の状況を知りたい。
May 2011
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20110523
京都から帰ってきて、いま何をすべきかと共に、いま何処にいるべきなのかを問い直す。
これだけテクノロジーも移動手段も確立され、しかも、徒歩でさえ20日かければ、大抵のところまで歩けるこの国内なのだから、やるべき事といるべき場所は事なると今まで以上に強く感じた。
僕は何処にいるべきなのか。それは東京では無いと分かってはいるが、それは何処なのか?
110517
このところ、千本ノックだと思って、毎日、企画書書いてる。面倒でも相手によって書き直してる。
どれかがいつか仕事につながると思ってとにかく挑んでる。
あとはリアクションのスピードアップを義務にしよう。これまでこのスピードでどれだけ迷惑をかけ、信頼を失ったか。とにかくリアクションのスピードだ。
大変だけど、この企画書書きとスピードアップは続けよう。
手が震えて肩の上まで上がらなくなるまで素振りした剣道部時代のように、続けよう。
基礎体力を作り直そう。
April 2011
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2011413
311は震度9の地震によって『文明的生活をより文明的にさせる手段』『消費サイクルを活性化させる手段』としてのデザインの定義も、もろく崩れ散った日だった。
決して良いものではないと分かりながらもその存在を否定出来なかった原発のように、デザインは、より社会的であり、より根源的な要素であるべきと思いながらも社会に同調し、広告を代表に、より高度な消費者の生産を目標としたデザインを繰り返してきたと思うのだけど、原発と同じようにデザインもその存在が瓦礫に化したのだ。
その後も原発と同じように経済活動として必要不可欠だと言い張るか、人間の正しい生活として不必要と言い切るか、次の世代を意識し、未来をゴールに判断しなければならない。
被災地の街が復興に向けて一歩ずつ前進するように、僕らデザイン関係者はデザインという言葉の再構築を行うべきた。
...
20110410
正直いって今まで政治には関心なかった。制度がどうや、何十億とか規模のデカイ単位の話し聞いても関係なく、自分で自分の家族分を頑張ればいいやって思った。けど、この地震の対応や原発の事で、社会のルールから考え直さないと家族すら守れないと言う事が分かった。
なので、結局、これまでのルールや社会の流れに変化をもたらしそうのない今回の選挙結果には僕の未来への明るさが随分と目減りして暗くなった感想である。
February 2011
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そろそろ。
人の死を受け入れるように、伝統技術や末端工業の消滅も受け入れなければならないときがきた。
過度な延命は人の生と問われる様に過度な補助での綱渡りは生きた技術ではないと思えるまでに衰退を期している。
ただ1人で孤独に死ぬことが寂しいように技と文化も誰にも支えられず消え去るのは寂しい。臨終の時に家族が手を握ってくれるように、死した後も誰かに語り継がれる喜びがかるように、技術も誰ががその死に際を愛を持って看取らねばならない。
時たま酒の席で故人の思いで話に花が咲く様に、思い出せる様にしっかりと覚えておかねばならない。
日本の高齢化よりも早いスピードで日本の伝統技術や末端工業は年老いていっている。
それそろ看取りの作業を意識すべきなのだ。
戦略考察
革命が成功すれば反米政権の樹立。革命を抑圧すればアメリカによる民主主義の否定となる今回のエジプト。現在の新ムバラク派の急増をみてるとアメリカは民衆VS政府ではなく民衆VS民衆とすることで事態の沈静後に民衆間に隣人に対する警戒要素を埋め込み、民衆間にわだかまりを残すことで、後日、いかようにでも選挙実施の裏側や利害調整に介入し、アメリカのポジションを確保できるようするためににわざと泥沼化を図ったように思う。
January 2011
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December 2010
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November 2010
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October 2010
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101005
道具という言葉
“具”は「そなえる」や「ともに」の意
道を進みつづけるために必要なものを指すのだろう。
果たして僕が本当に必要な道具はどれくらいだろう。
無駄なものを持ちすぎていないか。
自分の可能性や能力を過信して省きすぎてはいないか。
現段階でどんな道具が必要なのだろうか。
本当にmacとiphoneだけに頼ってでいいのか?
職人の手元にころがる幾つもの磨き上げられた道具を見ながら
考えさせられた。
101003
大阪から戻り、一日、ゆっくりと家族と時間を過ごし明日から北陸ツアー。
サンフランシスコの話しをする予定。
あとは石川県が行ってる個別の商品開発へのアドバイス事業への参加。
この段階から言ってもしょうがないのだけど、
・企画書の書き方を教える事業なのか
・商品をつくる事業なのか
・企画書を書きながらそれにそってアイデアを形にすすまでの事業なのか
そこら辺の設定が曖昧すぎて、毎回、どのように言葉を発して良いのか分からない。
一応、始まる前に再度、担当の方に聞いてみよう。