THIS IS A PART OF MY LIFELOG.
120126
金沢という街の文化づくりにおいて、僕はいつもこの町はいつか一人の天才が生まれることを待ち続けているのではいだろうかと思う。
ピカソが死しても尚、絵画とその人生の軌跡となった場所に人々を呼び込むように、金沢もまたそのような大きな天才を待ち望んでいるような気がしてならない。
江戸時代の文化政策からずっと待ち続けているのである。
その過程で、多くの優秀な文人や作り手が現れた。人間国宝と言われる作り手も多く輩出した。人間国宝が生まれるたびに万歳をしながら「おめでとう。でも、しかし、僕らがまっていたのはこの人ではない。もっと違う天才なのだ。」と心の内で思っているような気がしてならないのだ。
いつか現れるかもしれない天才をうむために、文化を継承し、環境をつくり、わずかでもその天才が生まれる確率や才能が育まれる土壌を長い時間かけて整えているように見える。
三百年ちかく待ち望み、いまだ現れない天才に恋い焦がれつづけている間、この金沢の街は待ち人を恋い焦がれる女性のように静かな華やかさをもって待ち続けているのだろう。その雰囲気がまた人を静かに魅了する。さらりとしていた素振りができるようにどこか緊張の糸をはりながら、天才のゆりかごとしての文化のまちを高めながら、ある日に生まれてくるであろう天才を待ちつづけるのではないだろうか。
僕は、ずっとそんなことを思っている。
1.25.2012 |
