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THIS IS A PART OF MY LIFELOG.

2011413

311は震度9の地震によって『文明的生活をより文明的にさせる手段』『消費サイクルを活性化させる手段』としてのデザインの定義も、もろく崩れ散った日だった。

決して良いものではないと分かりながらもその存在を否定出来なかった原発のように、デザインは、より社会的であり、より根源的な要素であるべきと思いながらも社会に同調し、広告を代表に、より高度な消費者の生産を目標としたデザインを繰り返してきたと思うのだけど、原発と同じようにデザインもその存在が瓦礫に化したのだ。

その後も原発と同じように経済活動として必要不可欠だと言い張るか、人間の正しい生活として不必要と言い切るか、次の世代を意識し、未来をゴールに判断しなければならない。

被災地の街が復興に向けて一歩ずつ前進するように、僕らデザイン関係者はデザインという言葉の再構築を行うべきた。

デザインという言葉と行為に対し、独立した役割と定義をもてるデザイナーしか、未来は必要としていない。

どうせすでに瓦礫に化したのだ。怖がることはない。どうせ作り直すべきなのだ。簡単な補修で済まし、次の余震で崩れ押しつぶされてしまわぬように、しっかりと作りなおすべきなのだ。

捨て去るには辛いことも多々あることと思う。とはいえ、いまデザインの本質に近づこうとしないデザイナーは、もういらない。

4.13.2011 |